The STORY of OneSelF"er"

平岡 麻由美​

AYUMI HIRAOKA 

長期間の怪我との付き合い。『諦めなくて本当良かった』

 

 

-- 今やっているスポーツと所属を教えてください。

今は、陸上競技のやり投げをやっています。体育の教員の免許を取るために、国士舘大学に科目等履修生という形で通っています。練習も国士舘大学でやってます。

 

-- 今までのスポーツの経歴を教えてください。

小4のバレーボールが始まりですね、バレーボールは小6まで続けました。そのあとは、中学校から陸上を始めて、今までずっと続けています。中学の最初は100mと走り幅跳びで今とは全然違う種目をやっていました。そのあと1年の夏頃からハードルをはじめて、で、その年の新人戦では1年生で唯一決勝に残ることができて、その後はハードルをメインにやろうとなりました。冬には怪我とかもあって、砲丸投げに挑戦しました。で、2年生から4種競技を始めて、中3の時に4種競技の全中の標準記録を切ることができて、全国大会に出ることができました。

中1の時に、ハードルで県の強化指定選手に選んでいただいたんですけど、そこでの練習が結構ハードで『1日100台ぐらいハードルをとべ!』みたいな感じで結構ハードで。そのあたりから怪我をして痛みが出始めて、、今の怪我にもつなっがている気がします。中学時代は結構結果が出ていたけど、怪我が多かったですね。

高校では、顧問の先生が投擲の先生で、その影響でやり投げを始めました。自分自身もやり投げに興味があってそれでやり投げをやろうとなりました。あとは中学で4種競技をやっていたというのもあって、高校では7種競技もやってみようとなりました。

 

 中学生から陸上をはじめ、現在まで11年間続けてきた。様々な種目を行ってきたが、現在はやり投げをメインに行っている。

-- 今までのベストスコアは?

 

やり投げが、48.63mで、7種競技が4889点です。どちらも高3の時の記録で、大学では怪我でベスト更新できませんでした。7種競技では全国選抜大会というので6位になりました。やり投げでは長崎国体で6位になりました。インターハイは高2と高3で出たんですけど、、高2の時は足を疲労骨折しながら出場して結果が出ませんでした。高3では、直前に結構追い込んでしまってコンディショニングが落ちてしまって、、。ただその経験を生かして、全国選抜と長崎国体に向けてうまく調整できて結果を残すことができたのかなと思います。

-- 大学での競技生活はどうでしたか?

大学1年の時は日本選抜和歌山大会というのがあって、出場させていただくことができました。ただそこの大会でもう足は限界をむかえてました、、。そこでいろんな病院を巡っていく中で、ある先生と出会って、『走れるようになるよ』って言われて。他の先生は、『うまく付き合っていくしかないね』とかしか言われなくて。けどその先生は自信をすごい持って言ってくださって、奈良にいる先生だったんですけど、この先生なら信頼しても大丈夫って思えて手術することを決意しました。手術は正直怖くて、悩んだんですけど、この先生の自信がある感じというかこの先生なら信頼しても大丈夫って思うことができて、今思うと間違ってなかったなって思います。本当に『諦めなくてよかったな』って思います。

 

​高校時代から苦しめられた怪我。あるドクターとの出会いで、手術することを決意。諦めなかった結果、今の競技生活につながっている。

『支えてくれる人たちの喜ぶ姿が見たい。』

-- 手術が終わってからもリハビリとかはきつかったですか?

手術が終わってから、結構痛かったってのは確かにあったんですけど、、。指が全く動かなかったところから少しずつ歩けるようになっていって、日々少しずつ良くなっていくのを実感できるってすごい思いました。面白いなっていうか、人間てすごいなみたいな(笑)『今日はよく足が動くな』とか、『1週間前よりも指が動くな』とかそういうのを感じられたのが大きかったと思います。そこからリハビリをやったんですけど、、結局復帰できたのは大学4年の5月くらいに大会に戻れました。右足は治ったんですけど、、左足も調子が悪くて、、。ただ大学の間は治すことに専念できたんでここからが勝負って感じですね。

-- 今までの活動の中で一番しんどかったことはなんですか?

一番記憶に残っているのは、高3の時のインターハイ予選ですね。その時も怪我をしていて、7種競技の100mハードルの本番を走った後に、歩くことができないくらい足が痛くなってしまって、、。次の2種目目が高跳びだったんですけど、痛すぎてアップもできないくらいで。そこから後の種目は全部アップなしで挑みましたね。ずっと痛みを感じてたんですけど、いざ、レースの目の前になったら集中して『無』になることができて。

で、2日目を棄権しようと思ってたんですけど、ずっとインターハイを目標にやってきた中で、『ここで棄権してしまったら絶対後悔する』って思って最後の800mまでやり遂げました。ゴールして、最後は、もう歩けなくて運ばれて行きました(笑)

-- この相当きつい状況を乗り越えられたのはなんでだと自分では思いますか

今まで頑張ってきたきつい練習と、あとは、その時に浮かんできたのは両親とか恩師の先生とかが思い浮かんではきましたね。ここで自分が諦めてしまったら悲しむ顔が浮かんでしまったというか。ここで諦めちゃダメだって思えました。その結果でインターハイをつかみとることができました。自分のために頑張れるっている人が結構多いと思うんですけど、私の場合、周りの人とか両親とか支えてくれている人の喜ぶ姿が嬉しくて頑張れてきたんだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-- 歩くことができなくなる怪我を負いながら試合に出るという経験をして、その経験をどう活かしていきたいですか

もし同じような怪我をした状況になったとしても、同じように無理やり試合に出たりということはしないと思います。なんか当時は周りに止めてくれる人がいなくて、自分自身も知識がない状態だったので、、。人にやれと言われて、試合に出るんじゃなくて、自分で自分のコンディションとかを考えた上で決断するようにすると思います。

-- 具体的に自分の体のことを考えてやっていることはありますか

今は食事とかをしっかり管理するようにしていますね。栄養のこととかを本を買って自分なりに勉強して、知識をつけることができるようにしています。あとはストレッチとかでコンディショニングをするようにしています。

​「両親や周りの支えてくれる人の喜ぶ姿が嬉しくて頑張れてこれた」と語る。

『常識を覆して、周りの人に勇気を与えたい』

-- もっと伸ばして行きたい部分はありますか

人前で話すのが結構苦手で、部活でも主将とかをやっていて、人前で話す機会が結構あったんですけど全然慣れなくて、、。けど人に伝えたいとか、自分がしてきた経験とかを伝えれるようになりたいって思うんですど、伝え方が上手くなくて。自分の同期にすごい伝えるのが上手い子がいて、どうしてそんなに上手く伝えることができるのかなって思ったりしてました。なのでそこは今後伸ばしていきたい部分ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-- 今後の目標を教えてください。

1年後の目標としては、シンプルに怪我をせずに競技を続けていたいですね。それで、自己ベストを更新したいです。あとは教員の資格取得も目指しているので、教員免許を取るっていうのも目標の一つですね。

3年後は、やり投げで日本選手権に出て日本のトップ争いをするレベルにいたいですね。教員の面では、顧問として部活を持って、学生と一緒に自分も練習して、指導したいとは思いますね。

​5年後とかは、、教員としてはもう慣れて落ち着いてくる頃かなって思うんですけど、自分が顧問をやっているチームを強豪になっているように頑張りたいです。競技は、続けられる身体であれば競技を続けたいって思うんですけど、日本のトップレベルまで到達してその時の結果に納得できていたら、新しいことに挑戦しているんじゃないかなって思います。今までやったこといないことに挑戦してみたいですね。ボルダリングとかやってみたいです。ボルダリングとかでも日本トップレベルの人は、小さい頃からやっている人もいると思うんですけど、死ぬ気でやれば今から始めても追いつけないことはないんじゃないかなって思えちゃうんですよね。

​10年後は、、何かしらのスポーツを競技スポーツとして続けていたいですね。マスターズの大会とかもあると思うんで、そういうのにも興味あります。武井壮みたいな感じになりたいです。(笑) 教員は、きっと続けているんじゃないかと思います。部活を結構強くして、インターハイレベル

の選手を輩出できるようにしたいですね。

-- OneSelFに期待することやOneSelFの魅力、そして自身の意気込みを教えてください。

魅力としては、アスリートに必要な知識を身につけて、自分のことを自己管理できるように導いてくれることですね。期待することは、小さい子やジュニアの子に活用してもらって、才能とかセンスだけに頼るんじゃなくて、自分の努力で自分の可能性を広げていくサポートをしてほしいなって思います。

意気込みは、OneSelF”er”として、私の背中を見て可能性を見出してもらえるよう​実践していきます!

-- 自分の強みはなんだと思いますか

自分でやるって決めたことは最後まで貫き通して、達成することができるまでやるっていうのは自分の強みかなって思います。小さい頃から負けず嫌いで、反骨精神みたいなのはすごい強いと思います。小さい頃から、常識を覆したいっていう思いがすごい強かったと思います。男子が女子よりも足が早いっていう偏見みたいなのをひっくり返してやりたいって思ってましたね。高校の時とかも『男子よりもウエイトを上げれるようになってやる』っていうのを思っていたと思います。無理と言われることを覆してやりたいっていうのがずっとあるんだと思います。覆して、周りの人に勇気を与えたいみたいな。怪我をして、競技を諦めてしまうう人とかも結構いると思うんですけど、今回の怪我も、自分が復帰して実現できるってことを証明して周りの人に勇気を与えられたらって思います。

 

小さい頃から反骨精神を持って競技を行ってきた。

『常識を覆して、周りの人に勇気を与えたい』という思いを持って陸上競技を続けている。

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